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東京地方裁判所 平成3年(ワ)15120号 判決

原告

大野俊夫

右訴訟代理人弁護士

菅徳明

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

笠原嘉人

外四名

被告

東京都中野区

右代表者区長

神山好市

右指定代理人

河合由紀男

外二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自一五〇〇万円及びこれに対する平成三年一一月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実及び証拠によって認められる事実

1  木村猶市は別紙物件目録(一)記載の(一)(三)(五)の土地を、堀野好男は同目録記載の(二)(四)(六)の土地を、それぞれ所有していた。

2(一)  木村猶市は、右別紙物件目録(一)記載の(一)ないし(六)の土地上に三棟の建物を新築する計画を立て、昭和三〇年七月一三日、一括して建築確認申請を行ない、東京都建築主事大久保忠作は、同月一五日付で、一連の確認番号第一四九九号、第一五〇〇号、第一五〇一号をもって建築確認処分をした(〈書証番号略〉)。

(二)  右建築確認処分を受けた三棟の建物とその敷地との関係は別紙図面(一)のとおりであり、確認番号第一五〇〇号をもって建築確認処分を受けた建物(建築主三ツ橋博志)は同図面記載のC建物で、その敷地は同図面のabcdefgaの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる部分であった(〈書証番号略〉)。そして、右敷地は、同図面のabfgaの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる部分(以下「本件敷地延長部分」という。)で公道と接し、建築基準法四三条一項のいわゆる接道義務を充たすものとされていた。

3(一)  昭和三一年一一月、三ツ橋要蔵は、別紙物件目録(一)記載の(一)(二)の土地(その範囲は、別紙図面(二)のABCDMEFGHAを順次直線で結んだ線で囲まれる部分。以下「本件土地」という。)とその地上に建てられた別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を、森田マサミは、別紙物件目録(一)記載の(三)(四)の土地(その範囲は、別紙図面(二)のABCNAを順次直線で結んだ線で囲まれる部分)とその地上に建てられた建物(以下「森田方建物」という。)を、堀内京子は、別紙物件目録(一)記載の(五)(六)の土地(その範囲は、別紙図面(二)のHGFPHを順次直線で結んだ線で囲まれる部分)とその地上に建てられた建物を、それぞれ買い受けた(〈書証番号略〉)。

(二)  原告は、その後昭和三四年一〇月二三日、本件土地及び本件建物を右三ツ橋要蔵から買い受けた(〈書証番号略〉)。

4(一)  ところで、遅くとも、昭和三四年末には森田方建物が本件敷地延長部分にまたがって存在していたため、本件敷地延長部分は、本件建物の敷地ではなく、右森田方建物の敷地となっていた。

(二)  そのため、本件建物の敷地は本件土地と同範囲となり、別紙図面(二)のAHの幅員が約九〇センチメートルであったため、その当時から、本件建物の敷地は既に接道義務を充たさないものであった(〈書証番号略〉)。

5(一)  昭和五四年一〇月一六日、森田正男は、延べ面積109.13平方メートルの鉄骨造三階建建物の建築確認申請をしたが、その建築予定地たる敷地の中に本件敷地延長部分が含まれており、そのため原告はこれに異議を唱え、森田正男はその後右建築確認申請を取り下げた。

(二)  しかし、森田正男は、昭和五四年一一月二六日、再度本件敷地延長部分をその敷地の中に含ましめた延べ面積121.50平方メートルの鉄骨造三階建建物の建築確認申請をし、被告東京都中野区の建築主事は、同年一二月二七日、右申請に対して建築確認処分をした。しかし、森田正男は、右建物の建築工事に着工しないでいた。

6  昭和五六年六月、原告の妻大野トミエは、本件土地に隣接する別紙図面(二)のDIJKLMDの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる土地を矢島愛次から購入した。その後、右土地が本件建物の敷地の一部となったことにより、本件建物の敷地は接道義務を充たすものとされるに至った。

7(一)  森田正男は、前記5(二)の建築工事に着工しないまま、昭和五七年七月一四日工事取止届を提出し、同日、本件敷地延長部分をその敷地の中に含ましめて、延べ面積88.04平方メートルの木造瓦葺二階建建物の建築確認申請をし(以下、これを「本件建築確認申請」という。)、被告東京都中野区の建築主事小野健一は、同年七月二七日、右木造二階建建物の計画がその敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合していることを確認して、確認番号第七〇四七三号をもって建築確認処分をした(以下、これを「本件建築確認処分」という。)(〈書証番号略〉)。

(二)  本件建築確認処分における右木造瓦葺二階建建物とその敷地(別紙物件目録(一)記載の(三)(四)の土地〈図面(二)参照〉)との関係は別紙図面(三)のとおりである。

(三)  森田正男は、本件建築確認処分に基づき、昭和五八年一月ころ、本件敷地延長部分にまたがって木造瓦葺二階建建物一棟を完成させた(〈書証番号略〉)。

8(一)  原告は、昭和五七年九月九日、本件建築確認処分の取消しを求めて東京都建築審査会に審査請求をしたが、これに対する裁決権限を引き継いだ東京都中野区建築審査会は、昭和五八年一一月一日、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

(二)  原告は、これを不服として建設大臣に再審査請求を行なったが、建設大臣越智伊平は、昭和六三年一一月七日、右再審査請求を棄却する旨の裁決をした。

9  その後、原告と原告の長女大野永美子は、共同で、本件土地上に木造二階建建物を新築する旨の建築確認申請を行ない、平成元年一二月二八日にその建築確認処分を受け、翌平成二年八月、本件建物を取り壊して、新建物を建築した。

二原告の主張

1  本件建築確認処分の違法性

被告東京都中野区の建築主事小野健一は、森田正男の本件建築確認申請が、その申請にかかる建築物の敷地の中に、先になされた昭和三〇年の確認番号第一五〇〇号の建築確認処分において本件建物の敷地の一部とされていた本件敷地延長部分を含んでいる違法なものであり、もしそのまま建築確認処分をすれば、森田正男が本件敷地延長部分上に建物を建てて本件土地が接道義務を充たさなくなり、本件建物の立替えが不可能となることを知りながら、あえて本件建築確認処分を行なったものである。本件建築確認処分は違法である。

2  被告国は、原告の再審査請求に対し、十分な調査をしないまま安易にこれを棄却した。

3  損害

(一) 本件建築確認処分により本件土地は接道義務を充たさないものとなり、本件建物の建替えは不可能となった。これによる原告の精神的苦痛を慰謝するには、三〇〇万円を下らない。

(二) また、本件建築確認処分により本件土地はそれ自体では接道義務を充たさないものとなって、その財産的価値が著しく減少した。その減少額は五二〇〇万円を下らない。

(三) そこで、原告は、右(一)の三〇〇万円と右(二)の内の一二〇〇万円との合計一五〇〇万円を請求する。

三被告らの主張

1  本件建築確認処分等の適法性

建築基準法六条一項に規定する建築確認は、建築主の申請にかかる建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(建築関係規定)に適合していることを公権的に確認するものであり、それによって生ずる効果は、当該建築計画が建築関係規定に適合していることを公権的に認めること及び建築確認を受けた建築物について建築工事の禁止が解除されることのみであり、建築確認を受けたからといって当該建築確認にかかる敷地について何らかの権利が認められるわけではない。また、建築関係規定中には、既存の建築物の確認の際に当該建築物の敷地とされた土地を後に他の建築確認の計画敷地とすることを妨げる規定は存しないのみならず、現行法上、建築物とその敷地との関係を公示する制度はなく、建築主事が当該建築物の計画敷地が既存の建築物の計画敷地とされているかどうかを判断することも制度的に不可能であり、建築主事は、もともと建築計画が書類上建築関係規定に適合しているかどうかを形式的に審査するのみで、敷地の実体上の利用関係等について実質的に判断する権限を有していないのであるから、建築確認においては、建築物の計画敷地とされている土地が既存の建築物の敷地として既に建築確認されているかどうかは審査の対象にならないものである。

したがって、本件建築確認処分は何ら違法なものではなく、原告の再審査請求を棄却した建設大臣の裁決も違法なものではない。

2  本件建物の敷地は、原告が本件建物を買い受けた当時から、別紙図面(二)のABCDMEFGHAを順次直線で結んだ線で囲まれる部分すなわち本件土地であり、既に接道義務を充たさないものであった。したがって、本件建築確認処分によって初めて接道義務を充たさなくなったわけではない。(被告東京都中野区のみの主張)

3 また、前記一6のとおり、原告の妻大野トミエは、本件建築確認処分前の昭和五六年六月に本件土地に隣接する別紙図面(二)のDIJKLMDの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる土地を購入し、これを本件建物の敷地の一部としており、これにより、本件建物の敷地は接道義務を充たすに至っているのであるから、本件建築確認処分によって本件建物の建替えが不可能となることはなく(現に建て替えている。)、原告に損害は発生していない。

4  仮に原告に損害賠償請求権が発生したとしても、原告が本件建築確認処分を知ったのは昭和五七年七月二七日であり、本訴が提起されたのはそれから三年を経過した後であるから、被告東京都中野区は、本訴において消滅時効を援用する。(被告東京都中野区のみの主張)

四原告の再主張

1  原告の妻大野トミエが本件土地に隣接する土地を購入し、これによって本件建物の敷地が接道義務を充たすに至ったとしても、被告らの違法行為は継続しており、原告に損害が発生していないということはできない。

2  消滅時効の起算日は、再審査請求が棄却された昭和六三年一一月七日と考えるべきである。

第三当裁判所の判断

一本件建築確認処分の適否について判断する。

1 建築基準法六条一項に規定する建築確認処分は、申請にかかる建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(建築関係規定)に適合していることを公権的に確認する行為であり、申請書を受理した建築主事は、申請にかかる建築物の計画が建築関係規定に適合しているか否かを審査すべきものとされている(同法六条三項)。

2 ところで、①建築主事の審査すべき対象事項の中には、建築予定地たる申請敷地に対して当該建築主が真実所有権や賃借権等の実体上の使用権を有しているか否かは含まれておらず、建築主事は、ただ、申請敷地が存在するか否か、公道が存在するか否か、申請敷地が接道義務を充たしているか否か等の外形的事項について審査すれば足り、申請敷地の使用権の有無まで審査する義務はないと解せられること(その権限もない。)、②そもそも、建築確認処分がなされたからといって当該建築主にその申請敷地に対する実体上の使用権が発生するわけではないこと、③そして、建築関係規定中には、ある土地をある建物の敷地とする建築確認処分がなされた場合に、後にその敷地の一部を他の建物の申請敷地とする建築確認申請(敷地の重複申請)及び右のような申請に対する建築確認処分(敷地の重複確認)を禁止する規定がないこと、以上の点を考慮すると、建築主事は、当該建築確認申請が敷地の重複申請にあたるか否かまで審査する義務はなく、また、たとえなんらかの事情により当該申請が敷地の重複申請にあたることを知ったとしても、そのことにつき行政指導をするかはともかく、最終的にはこれを考慮することなく、当該申請にかかる建築物の計画が建築関係規定に適合するかどうかを審査すれば足り、当該申請が敷地の重複申請であることを理由に不適合処分とすることは許されないものと解すべきである。その結果、建築確認処分がなされて、仮に新建物が建築され、これによって既存建物の敷地の一部が新建物の敷地の一部となり、既存の建物の敷地が接道義務を充たさなくなったとしても、それは、右建築確認処分とは法的に関係がなく、新建物の建築主等と既存建物の所有者等との私法上の問題として解決すべきものである。

3  本件において、本件建築確認処分に基づき森田正男が前記木造瓦葺二階建建物を新築したことによって、仮に本件敷地延長部分が本件建物の敷地の一部ではなくなり右新建物の敷地となるに至ったとしても、被告中野区の建築主事小野健一は、もともとそのことを考慮することなく本件建築確認申請にかかる建築物の計画が建築関係規定に適合しているか否かを審査すればよいのであるから、そうとすると、本件建築確認申請が敷地の重複申請となるがゆえに不適合処分をしなければならないという原告の前記主張は、主張自体失当というほかないというべきであり、本件建築確認申請にかかる建築物の計画が建築関係規定に適合していると認めてなした本件建築確認処分はなんら違法ではないというべきである。

二したがって、原告の再審査請求を棄却した建設大臣の裁決にも違法はないというべきである。

三以上のとおりであって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官原田敏章 裁判官内田計一 裁判官林俊之)

別紙物件目録(一)(二)〈省略〉

別紙図面(三)〈省略〉

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